毎日出てゐる青い空

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僕が電気も車も学校も会社も経済活動も嫌いな理由

僕は命に対して全然優しくなんてなくて、

自然界と同じように、

沢山の命が生まれて、

幼いうちにたくさん死んでしまって構わないと思っている。

 

自然な死が一番だと思うから、

医療によって命が助かることは

望ましくないとさえ思っている。

 

けれど、

子どもの頃から命が好きだった。

 

自分の最古の記憶の一つは

春になると池に産み落とされるガマガエルの卵だ。

 

直径1.5メートル、深さ10cmほどの小さい池があり、

ただの窪地に水がたまったような感じで、

まだ幼かった私でも、

池の縁までいって、

水に触ることが危険なくできていた。

 

長い透明な紐の中に

小さい黒い卵が入ったガマガエルの卵は

とても魅力的だった。

 

やがて黒く小さいオタマジャクシが孵り、

うじゃうじゃと群れている様子も

本当に興味深かった。

 

そんな風にして

生命の世界に引き込まれた私にとって、

生きることは

命に囲まれて過ごすことを意味していたかもしれない。

 

小学生の頃は、

夏のカブトムシトリに熱中して

ちょうど、近隣に椎茸栽培をしている家があったため

普通ではありえないほど

沢山のカブトムシを捕まえるのが

毎年の習慣となっていた。

 

登校途中にアマゴを捕まえて学校までもっていったことや

下校途中に梢を走るリスの姿に喜んだことも

よい思い出だ。

 

中でもいまだに思い出すのは

一度だけ水中で出会った

タナゴの姿だ。

水中眼鏡をつけて岩陰を覗き込んだ時

婚姻色の浮き出したタナゴがいたのだ。

この川にこんなにも美しい魚がいるのかと

驚いて、顔をあげてしまった。

すぐにもう一度覗き込んだが後の祭り。

もうあの美しい魚の姿はなかった。

 

こんな風に育った自分にとって、

一番大切なものは

人の暮らしが便利快適になることではなく

命にあふれた環境に囲まれて生きることだ。

 

田舎では、夏の間雨が降ると水田に囲まれた道路にカエルがあふれる。

そんなカエルたちを、車のタイヤが否応もなく

踏みつぶしていく。

 

電気を作るための設備は

すべて生命の居場所を奪っていくものばかりであり、

産み出された電気もまた

生命に悪影響を与える。

 

自然に囲まれて生きてきたはずの人間たちは

自然から引き離されて

学校に会社に閉じ込められ

自然環境を破壊する経済活動に関係するほか

生きていく術がない。

 

自然が豊富で経済活動の低調な発展途上国では

子どもたちの笑顔が輝いている

 

大切なことは

自然保護でも経済活動でもなく

人が自然の中で生きていくことができた

昔に戻ることだ。

 

そのための道筋はどこにもなく。

あったとしても、そのころには大半の人類は生きておられず、

もちろん僕も死ぬ。

 

けれど、そんなビジョンを持って生きていれば、

身の回りにあふれる嘘に

惑わされることは少なくなるだろう。

 

他の生き物との関りを大切にし、

自然環境が戻ることを願い、

自分にできることをしながら

静かに日々を送る。

 

経済活動が止まり

自然が戻り、

法律が消え、

学校も

会社も

金もない

世界が戻ることを

人々が願えば

世界は大きく変わると

僕は思う。

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