人の形をした神
文明は本来のあり方ではない。
そう考えながら未開社会のありようを見ていくと、
確かに私たちの価値観は根本的に誤っている。
誤りの根源は、
人の形をした神が
私たちに未来を託していると
思い込んでいることにありそうである。
この世は人類の都合に合わせてできていると信じ、
人類は進歩して、今よりも素晴らしい存在になれると
思い込んでしまっているかのうようである。
そんなことはないという人でも、
電気エネルギーの利用や農耕を私が否定したなら、
「そんなバカな」と思うことだろう。
人類の愚かさを前提として
社会を作らなければいけないと聞けば
「悲観的すぎる」と思うことだろう。
だが、現代の真実はどこにあるのだろう。
アルバート・アインシュタイン、グーグルの創業者ラリー・ペイジとセイゲイ・ブリン、フェイスブックの創業者マーク・ザッカーバーグ、マルクス、フロイト、マイクロソフト前社長スティーブ・バルマー、スティーブン・スピルバーグ、デリバティブ(金融派生商品)の父レオ・メラメド、インテルの創業者アンディ・グローブ、FRBの議長を務めたベン・バーナンキと後任のジャネット・イエレン。*
このような人々が活躍し、大衆は金や法律やテクノロジーでがんじがらめだ。
優しくなり、楽しくなり、快適になったように見える現代社会を、
未開社会と比較したときに見えてくるのは、
見せかけの楽しさの裏で
「人は死ぬ動物だ」という事実は一切変わっていないということだ。
人は動物であり、人は死ぬ。
この事実は文明によっても知恵によっても変わることはない。
人は本来、日々この事実と意識的または無意識的に向き合って
生きる存在であるはずなのだ。
人は動物であり、人は死ぬという変ることのない事実は、
人に多産多死であることを要求し、
夜を明るくしないことを要求し、
町を作らないことを要求する。
つまり、動物として生きなさいと要求するのである。
動物として生きようとしないならば、
お前たちは自らの手で
現代社会のようながんじがらめ状態を作りだすと
私たちに告げているのだ。
人の姿の神を心に描いて
動物たちとは違う存在として生きようとしてきた人類。
この勘違いががんじがらめ状態を生む。
人は巨大権力に逆らうことの許されない中で
民主主義を叫ぶという矛盾から目をそむけて
まだ理想を追おうとしている。
神は人の形などしていない。
人の思い通りになどならない。
人が自然の法則に従って生きる以外に先はない。
*『ユダヤに伝わる健康長寿のすごい知恵』