毎日出てゐる青い空

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猫の心


ハナの心

 

この子は、ハナちゃん(三男)、今年の夏で5歳になる男の子です。去勢していません。

隣の黒猫はクロちゃん(次男)。ハナちゃんと一緒に生まれた兄弟です。去勢していません。オスばかり3匹生まれ、長男(タロちゃん)はもらわれていきました。

三匹は小さいときから性格の違いがはっきりしていて、タロちゃんはおっとり、ハナちゃんは人懐っこく、クロちゃんは野性的でした。

オスばかり3匹だったので、将来は『猫になった山猫』にあるように兄弟で協力し合う姿が見られるかもしれないと思っていましたが、大人になるにつれて仲が悪くなり、毛を散らす喧嘩もするようになってしまいました。MAKOMAKOさんや、ももと天さんのように穏やかな関係にならないのは、飼い主たちに似たせいかもしれません。

この動画では、ハナちゃんがくつろいでいるところに、食事を終えたクロちゃんがやってきて少し緊張感が走りましたが無益な戦いはどちらも希望するところではなかったらしく、同じソファの上で少し離れて休むことができました。

豆腐作り/中国のユーチューバー 李子柒

最近知ったYotuberの動画です。李子柒

 

 インタビュー記事があります。

galapagosfrog.hatenablog.com

 

故郷に戻った後、生計を立てるために淘宝(タオバオで自分のネットショップを開き、宣伝のために動画を公開することにしました。予想外だったのは、結果的に動画の方が人気になってしまったこと。結局、ネットショップの方は長続きせず止めてしまいました。

 

ネットでの活動をお休みしている間、出来る限り祖母に付き添っていたようですが、背に腹は代えられないわけで。生活を続けていくために当時できることと言えば、動画を撮影すること。それで撮影チームを作ることを決意します。

 

今では自分の会社を立ち上げて投資も獲得しているようです。現在動画の撮影は李子柒3人のチームで行っています。

 

彼女は十代で仕事のために故郷を離れ、7-8年の期間を外の世界を経験しています。レストランのウェイトレスやバーのDJなど経て今に至っています。

 

――バーのDJと昔風コスプレのブロガー。どうしてこの二つの事があなたに生じたと思いますか?

 

李子柒:ひとつには生きるため。お金を稼いで家族を養うため。もう一つは、自分の本当に欲しい生活を得るため。ただそれだけです。

 

 動画を見ればある程度予想できることですが、これは本当の生活ではなく、撮影用に昔風にコスプレをして撮影されたもののようです。ただし、道具の使い方を見ると、まったく経験がないわけではなく、普段からある程度使いなれた道具を使っているように思えます。

 

今日は、ここまで

 

 

 

 

 

 

「人は動物」これを知ることが、哲学の第一歩 /渋沢栄一💩くらえ

人は動物
警察官などという仕事を人がこなせるはずがない
マスコミが真実を伝えるはずがない
西洋人だからといって市民社会を実現できてなどいるはずがない
科学技術を良いことにだけ使うはずがない

人は動物
誕生後に環境に合わせて免疫の働きを調整する中で多数が失敗して死んでいくしかないという命の不都合を乗り越えて、乳幼児死亡率を劇的に低下させることなどできるはずがない
異性をみだらな目でみないはずがない
肉体を超えた存在であるはずがない

人は動物
ビジネスのために生きる存在ではない
善行のために生きる存在ではない
多くの人を集めて善政を行うことができる存在ではない

明治6年に象徴される近代国家への衣替えが、現代文明の正体を明らかにする。
『逝きし世の面影』に描かれたような、人の適当さ、生き物としてのあわれ、生きとし生けるものとしての共感を前提とする生き方を捨てさせたのが、この国を世界規模の経済活動に組み込んだ明治維新であった。

アメリカで、オーストラリアで、アフリカで、先住民の子供たちが親から引き離されて、親の生き方を否定する価値観を学校で教え込まれたことと同じように、日本にも義務教育が持ち込まれて、伝統的な価値感を否定しながら、より優れた労働者、経済システムの推進者になるための教育が施された。

植民化とともに普及された一神教は、人の肉体性・動物性を忘れさせて、ありえるはずのない精神性・完全性を夢想させることで、人は、経済活動に組み込まれたことの苦痛を自らの未熟さのためと思い込み、我慢するようになった。

一方、そうした世界とは無縁だった、ヘアーインディアン、ピダハン、アボリジニ、ピグミー、ブッシュマン、ヒデ族などの先住民の暮らしは、世界経済の配下から訪れた研究者らに、安堵を感じさせた。ピダハンは伝道師を無神論者に変えてしまったほどであった。

先住民たちの生き方は野蛮で、短命で、現代文明の基準からすれば犯罪行為がまかりとおる生き方である。けれど、彼らの生き方こそ本来であると知ることで、現代文明は、大衆を家畜化して野生動物よりは快適に暮らすことができるようにしながら、結局のところ家畜として利用することしか考えられていないのであるという真の姿が見えてくる。

民主主義などというものは存在せず、かつてはあった地域密着の生き方は不可能になり、ただただ世界規模の経済活動の中で生き残るために、人は無理を重ねる。地方自治などというものは存在せず、世界規模の経済活動のために作られた国家という枠組みの中で、経済発展のための都市と、利用価値のないへき地とが作られていく。

意外と思われるかもしれないが、現代よりも江戸時代のほうが地方自治でも、民主主義でも実質的に存在していたと私は見ている。村の寄り合いは、現代の市町村議会よりも地域に関する事案の解決について実質性が高かったはずである。寄り合いに参加するのも、選ばれた人ではなく、村人たちであった。

医療や、教育、冠婚葬祭、土地の使い方など、生活のあらゆる面で、江戸時代は現代よりもずっと自治的であった。押し付けられた法によるのではなく、地域の都合に合わせて運用することができた。就職や失業について悩む必要もなく、よりよい生活のために、資格をとったり、勉強に励んだりする必要もなかった。

こうした暮らしが失われたのは、世界規模の経済活動が、人の動物性を否定しながら、ありえるはずのない民主主義や法による支配などの概念を悪用して、社会はよりよくなっていくと人々をだまして頑張らせるようになったからである。今も、LGBT、女性の自立、福祉の充実などという言葉を使って、大衆をだまそうとしている。こうした言葉は、家畜化や自己犠牲を進める役割しか持たない。こうした言葉を信じ込むことで、世界はますます窮屈で生きにくい場所になっている。

 

 

 

(この記事は、新サイトにも掲載しました)

 

 

 

集団化することで有利になる

今日の話題は、集団化による生存競争での優位性の確保についてです。

生物は単細胞生物から多細胞生物へと進化しました。多細胞生物は、さまざまに分化した細胞を生み出すことで、生命の能力を大きく拡大しました。

もう少し大きいスケールになると昆虫たちがいます。

ハキリアリ』によると、アリ、ハチなどの社会性昆虫は、集団を作ることによって、優位性を獲得し、単独行動をする昆虫たちよりも、生存に有利な環境を占めているそうです。ここでも個体の機能は分化しています。

 

人間界を見ると、狩猟採集者たちは単独性が高く、農耕民たちは集団化が進んでいるとみることができます。ブッシュマンやヘアーインディアンは、1家族から数家族程度からなる集団を、そのときどきで組み換えながら広い土地にまばらな人数が住んで移動生活をしています。農耕民たちは、定住し、狭い土地に多くの人びとが住んでいます。前者は、制度や儀礼が未発達であることを特徴としており、分化が進んでいません。農耕民の社会では制度や儀礼が発達していき、階級が生まれきます。勝ったのは農耕民です。

 

農耕民の中でも、集団化が進んでいきます。『逝きし世の面影』に描かれた江戸時代の農民や手工業者たちは、作業時間をだれに管理されることもなく、自らの判断によって生産し、生きています。そうした暮らしは、文明化が進むほどに難しくなり、雇われて時間管理をされながら賃金を得る生き方を選ばざるを得ない状況が進んでいきます。多細胞生物の細胞や、社会性昆虫の個体のように、全体像を見えないままで割り当てられた役割をこなすだけの生活が待っています。

 

こうした集団化と民主主義とは根本的に相容れません。けれど、文明は集団化を進める者たちが牛耳っています。だから、民主的な社会など実現されるはずもなく、投票率が上がるはずもないのです。

 

 

 

この記事はるびりん書林統合サイトにも掲載しました。

rubyring-books.site

カラダがなければ何もわからない

光の強弱や温度の高低は現実に存在する。

私のカラダも明るさや温かさを感じる。

一方で、私が感じている痛みは、光や温度とは違い、

私のカラダが作り出しているものにすぎない。

もちろん、カラダの中の痛みも、何らかの物質が作用している点で

架空ではなく現実ではあるがカラダの外側には痛みはない。

 

甘さを感じ、心地よさを感じ、高揚感を感じることや、

苦みを感じ、不快を感じ、落胆を感じることで、

何がよいもので何が悪いものなのかを

習得しながら生物は生きている。

 

つまるところ、

私たちのあらゆる判断は私たちのカラダが基準になっている。

だから、カラダを無視して精神や魂を説いてみたところで無意味である。

カラダがないところに価値観はなく、崇高さや純粋さというものも

意味をなくしてしまう。

 

私たちの心も、カラダが生み出している。

たとえば、撫でられて気持ちよく感じるのは、

そのようにカラダが作られていったからである。

 

私たちは絶対的な真理を感じて生きているのではなく、

ヒトとして生きるうえで比較的適した感覚を持つ

カラダを通じて受け止めた世界で生きているにすぎない。

けれども、そんなカラダを当てにして生きていくことしか

私たちにはできない。 

 

 

この話からさまざまな考察が生まれて来る。

価値観の押し付けがひどい現代文明の在り方への反省。

言葉が力を強めた社会ではカラダの存在がおろそかになりがちであること。

そもそもカラダを前提として生きるとはどのような生き方なのかという疑問。

 

けれど、今回はここまでで終わりにしておきたい。

 

 

この記事は「るびりん書林」にも掲載しました。

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満州/台湾は中国ではないし、太平洋戦争というよりは大東亜戦争が適切

私は高校で日本史を専攻しなかったので、日本史の知識は中学までしかありません。また、それほど興味があったわけでもないので、常識的な内容も知らないかもしれません。

 

そうした私が軍事郵便絵葉書の存在を知って、大陸の暮らしや、軍事行動を描いた内容について調べていくうちに、これまで知っていた太平洋戦争に関する知識を大きく修正する必要があることに気づきました。

 

また、世界システム論やイルミナティ、シュメール文明、狩猟採集民を中心とする人類史を知ったことも、私が太平洋戦争を見る眼は大きくかわりました。

 

ここでは、浅薄な知識しかないことを自覚したうえで、太平洋戦争に関する私の視点にどういった変化が生じたのかを書き留めておきたいと思います。

 

軍事郵便絵葉書に描かれた中国の庶民の様子や、軍事行動を目にしたとき、私は、太平洋戦争が始まって以降の様子を描いたものだろうと思い込んでいました。昭和16年(1941年)12月8日の真珠湾攻撃によって戦争が始まったのだという印象が強すぎて、それに先行する日中戦争昭和12年(1937)~昭和20年(1945年))の存在はすっかり忘れていたのです。日中戦争という名前くらいは聞いたことがあったとしても、どの時期にあったことなのかは知りませんでした。

 

調べていくと、1901年の北京議定書で中国はすでにイギリス、フランス、ロシア、ドイツの勢力範囲に分割された状態にあり(中国・歴史(1)第二次世界大戦まで)、帝国主義各国の支援を受けた軍閥が割拠する状態でした。これが、列強による侵略のない中国大陸に日本軍が一方的に侵略を進めたというのであれば、現在のように日本が非難されることもしょうがありませんが、こうした情勢を作ったのはむしろ欧米側なのですから性質が悪いといえましょう。

 

さて、私自身は、明治維新後の日本の歴史はほとんど国際金融家たちの命じるままに動いていると考えていますから、日清戦争日露戦争、朝鮮併合などの出来事を、歴史の教科書で解説されているようなストリーでは理解しません。福島原発事故が発生したとたんに、爆発の映像を徹底的に隠したり、癌患者の記録を義務付けたり、プルトニウムは重いから飛ばないというデタラメを解説したりするのが人間ですから、国民向けの説明や教科書に記される物語と、事実とは大きく乖離しているものと思われます。したがって、日本の朝鮮併合や台湾併合、満州国の傀儡化といった政策の意図についても、国際金融家側の視点から見る必要がありますが、ここでは触れないものとします。

 

 

日中戦争支那事変、当初は北支事変)は、盧溝橋事件を発端としていますが、そもそも関東軍のしわざであったのかどうかはっきりとしていません。むしろ問題なのは、当時日本側も中国側も、この事件を拡大しようとはしておらず、停戦協定が締結されていたということです。そうした中で、上海の中華民国軍が日本軍を包囲攻撃したことが戦争拡大へとつながりました(なぜシナ事変が本格的な戦争にならざるを得なかったのか | 渡部昇一 | 10MTVオピニオン)。

 

日本側としては、全面的な戦争に取り組む体力のないなかで、おそらくは列強の武器商人から武器を提供された中国側の勢力との戦いに引きずり込まれてしまったというのが真相なのだろうと思います。これも軍事郵便から知ったのですが、日中戦争中の1938年(昭和13年)には、蒋介石率いる国民党軍が日本軍の進撃を阻止するために水死者100万人という黄河決壊事件を起こしており、蒋介石の目的が中国国民の救済ではなかったことを推測させます。

 

日中戦争開始前の日本は、1895年に台湾統治、1910年に韓国併合、1932年に満州国建国(関東軍の傀儡国家)と領土を拡大しました。こうした地域についても一つ一つ当時の状況を確認していくと、台湾は清国の支配下にあったとはいえ部分的、朝鮮半島は清の冊封国でした。満州は、満州人の地であり、清の時代には漢民族の移住を制限していました。

 

以前の私のように、あまり考えないで新聞やテレビから断片的で一方的な情報ばかりを得ている状態であれば、満州や台湾は中国に返すのが当たり前、朝鮮の独立を奪った日本はひどい国となりますが、事実はそう単純ではありませんでした。

 

日中戦争以降の戦争の話に戻ります。 

 

戦争の全体像を踏まえていくと、盧溝橋事件を発端として始まった戦争は、一方では中国側に投入される武器商人たちの資金によって、他方ではおそらくは日本軍の中枢部にも送り込まれていた、戦争拡大協力者たちの活動によって、どんどん拡大していくことになりました。

 

その戦いの趨勢は、当初から停戦協定を望んでいた日本側の意図を反して中国全土に戦闘が拡大させられた時点で決まっており、その後の真珠湾攻撃からグアム/サイパンなどへの戦線の拡大は、日本敗戦を決定的にするためのダメ押しにすぎません。

 

こうした筋書きを立ててみると、先の戦争の核心部分は、太平洋ではなく、中国大陸にあったことがわかります。これを見えなくさせているのが「太平洋戦争」という名称であると、私には思えます。

 

この記事はるびりん書林統合サイトにものせてあります。

 

【ニート】【少子化】「かくれた次元」を読む意味【ジェンダー】【無差別殺人】【ストレス社会と癌】

ずいぶん前から読みたいと思っていながら、入手してもすぐに手元を離れていっていた 『かくれた次元』 を読みました。1970年発行の古い本ですが、世界中に広まって自給的な暮らしを送っていた人類が、都市生活者になり、住環境が変化する中で発生してきた現在の事態(少子化ニート、草食系男子、同性愛、銃の乱射や繁華街での暴走運転による無差別殺人など)を予見する内容を含んでおり、今だからこそ読む価値のある本であると感じました。

そうした内容は、本書の成果というよりは、 動物学者ジョン・カルフーン(カルホーン)がネズミを使って行った実験(「Universe 25」)の成果です。

この実験では、ネズミを広いケージの中に入れ、十分な食料と巣材を与えて、時には一部の個体を人工的に取り除きながら何代にもわたって繁殖を繰り替えさせました。餌を食べるのに時間がかかるように給餌装置を工夫したり、水の供給方法を変えたりもしました。実験の内容や結果は多くのページで詳しく紹介されているので、ここでは、省略させていただきます。

私が注目したのは、こうした実験の背景と、こうした実験の成果がその後の都市化の中でどう活用されてきたのだろうかというところです。

文明社会とは、ごく一部の資産家たちによって牛耳られている社会であると見る私の視点からすると、この実験は、より多くの富を集めるためには人々を都市に集中させる必要があると判断した資産家たちの要求を背景として、都市化の影響を調査する目的で行われた実験であるように見えます。

狩猟採集者と都市生活者とを比較してみると、狩猟採集者たちが生きるには、広くて自然環境の豊な土地、いいかえれば経済効率の悪い土地が必要です。都市生活者は、あらゆる活動を貨幣経済の下で行い、都市生活者の活動すべてが資産家の懐を潤します。狩猟採集者たちから取り上げた土地やそこに眠る資源も経済活動に利用されます。このため、都市化を進めることは資産家たちにとって必然でした。

けれども、都市化が進んで過密になりすぎれば、不衛生な環境になったり、ストレスから犯罪が増加するなどの影響から、効率の向上を望めなくなることが考えられます。

空間を高層化することでより多くの個体を収容できると本書にあるように、一つの軽減策として、高層化が考えられます。また、空間を閉鎖的にすることによってもストレスを軽減できます。核家族化や、マンション暮らしは、こうした実験の成果を踏まえて推進されてきたのではないでしょうか。

引きこもりや少子化、同性愛の広がり、ストレスが招く病気の増加は、この実験の結果から予想できたことでした。けれども、ある程度統制できていれば、破滅的な状況にはつながらない現象といえるのではないでしょうか。そこで、こうした現象については、都市化と結びつけることなく、あいまいな対応を続けて事態の推移を見守っているというのが、支配者たちの態度のように私には思えます。

『かくれた次元』とカルフーンの実験は、現代社会を理解するうえで大いに役立つものと私は考えます。

 

追記:

この記事は、るびりん書林 新サイト(移行中)にも掲載しました。早急に一本化する予定でいます。新サイトをよろしくお願いします。

 

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