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毎日出てゐる青い空

日々雑感をつづります。ホームページでは本の紹介などもしています。

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『大麻ヒステリー 思考停止になる日本人』(武田邦彦著 光文社新書)から

本書の中で特に興味深かった点を書きとめておきます。

 

日本では、日常生活で使う主な植物を、「三草(麻、藍、綿)と四木(桑、茶、楮(こうぞ)、漆)」と呼び、その一つが麻でした。(99ページ)


日本で縄文時代から利用されていたという麻は、精神に作用するカンナビノールをほとんど含まない種類で、日本には大麻草を吸う習慣はなかったそうです。しかも、カンナビノールに痲薬として扱わなければならないような毒性はないようです。

日本で、これほど重要であり、ケナフと同じ仲間である大麻草を栽培できなくなっていることは、この地に生きる私たちにとって大きな問題であると思います。

 

痲薬と持続性社会
ある南の島では、お腹が減ったら椰子の木に登って実をとって生活していたとします。ある人が「椰子の実をとる道具」を発明しました。すると何が起きるかというと、それまで木に登れなかった女性や子供も簡単に椰子の実をとれるようになり、たちまち島の椰子の実がなくなってしまいます。そうして、島の人たちは、簡単だからといって、勝手に実をとってはいけないことを知ります。
何がいいたいのかというと、社会が原始的で小さいときには、自分が働くと何が起きるか、自分の目で見ることができたのですが、現代のように社会が大きく複雑になると、自分の行動が自然や環境にどのような影響を及ぼすか、直接感じることができなくなる、ということです。
そのため、人間は朝から晩まで必死に働き、地球の活動とはまったく関係のないスピードで自然を壊します。たとえば、現在、愛知県の人が使っているエネルギーは、愛知県の森や畑からとれるエネルギーの実に1000倍に及びます。しかし、自分たちで森から樹木を切ってきたわけではないので、実感はありません。
ほとんどの痲薬は南の国から来ています。繰り返しになりますが、日本の大麻はカンナビノールが少なく、それを痲薬として使う習慣は育ちませんでしたが、南方ではややカンナビノールの多い大麻が痲薬として使われました。南の国の人々が大麻を使っていたのは、それなりの理由があったのではないか、本人たちが意図する・しないにかかわらず「持続性社会を築くため」だったのではないか、と私は考えています。(179~181ページ)

 この推論が正しいかどうかは別として、前半部分には、最近私の考えていることと非常に関連する記述があります。つまり、人間は、目の前で完結する生活を送らないと、真実が見えなくなるということです。

 

狩猟採集の世界では異常気象が訪れても生物の多様性があるため、普段とは違う食性に変えることで対応できて飢えずに済む一方で、農牧民の世界では主要作物の不作が飢えに繋がることは、人間が環境を利用しようとすることの危険性を示していました。

 

 

 結局、人間が持続可能な生き方をしようとするならば、狭い地域を住みかとし、それぞれの地域に適した、独立性の高い暮らしをするしかないのではないでしょうか。

 

少なくとも、ビルや道路で埋め尽くされた街並みは豊かさではなく、貧しさの象徴であると私には思えます。

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