もうひとつの世界
ある日、世界中の人々が、正気に戻った。
「世の中はあべこべだ」
進歩が退化だ。
便利は不便だ。
美は醜い。
安全は危険だ。
光が闇だ。
こうして、近代文明が生み出した
さまざまな概念は意味を失い
人々は眼の前の事実だけを
頼りに動きはじめた。
勤めに行く人はだれもいなくなり、
学校も病院も裁判所も工場もなくなった
軍隊も刑務所も動かない。
水道もガスも電気も止まり
多くの死者が出た。
だが、事態が収拾すると、
世界中にあふれていた深刻な問題が
すっかり消え失せていた。
ゆっくりした時間の流れる世界で
生き残った人々は
かつての世界が虚構であったことを
深く実感するのだった。