毎日出てゐる青い空

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10年前、100年前、1000年前、10000年前を想像しながら生きる

今日もおこしいいただきありがとうございます。

 

私は、未熟な子供のようなことばかり書いていますが、これでも半世紀以上を生きてきました。不思議なもので、50年生きても、時代が変わった実感はなく、子どもの頃から今のような生き方をしてきたような感じがします。

 

しかし、振り返ってみると、やはり生活は大きく変わってきました。

 

10年前からの変化について考えてみると、一番大きいのは、梅田や名古屋駅の再開発でガラス窓の大きな、まるで西洋人向けのようなサイズ感のビルが増えてきたことや、名古屋城熱田神宮、東山動物園の公共的な場所で民間による金儲けの色が強くなったことでしょうか。

 

100年前は知りませんが、車と電気が今とは比べものにならないほど少なかったことは確かです。車を走らせるためにアスファルトやコンクリートが敷き詰められ、たくさんの電力を生み出すために、多くの犠牲が強いられる状況になることを、まだ当時の人々は知らなかったことでしょう。熱帯地方はまだ植物の生育力に人間が負けていることも多い状況であったことでしょう。

 

1000年前は、まだ個人が作った貨幣も流通していたようです。電気も利用されておらず、平均寿命という点では、縄文時代と変わらないかかえって短い状態が続いていました。日本では、鉄器の利用によって、植物との戦いに打ち勝ち、耕地が増えていっていたことでしょう。

 

10000年前、日本は縄文時代。中国では長江文明が栄え、倭人の祖先もそこにいたはずです。農耕を中心として定住した人々もあれば、縄文人のように水産資源の利用により定住化した人もあり、まだ遊動生活をしていた人々もたくさんいたことでしょう。植物の勢いの弱い地域では、農地が広がっていっていたことでしょう。

 

今、私の住むところは、市街地化が進み、100年前には存在していた用水路や川がなくなって、田畑もうんと減り、住宅地や商業地が広がっています。少し前までであれば、水路に魚が泳ぎ、あちこちに木立も残って、カエルや蛇もいたことでしょう。ウサギやタヌキ、キツネなどもまだいたかもしれません。

 

もっと前であれば、イノシシやシカ、オオカミなどもいたことでしょう。

私は、本当の暮らしの豊かさとは、そういった自然が生活環境に存在していることであると思います。病気を治すとか、暮らしを快適にする方向へと進もうとすると、得体のしれない化学物質を肉体に注入されてしまう未来や、あらゆる活動が特定の少数の人々の利益につながってしまう未来に行き着くのだということを、今の状況は証明しているように思えます。

 

狩猟採集者たちは、猟に出かけるときが一番楽しいといいます。猟に出れば命を失う危険はあっても、獲物を得る興奮や喜びは何にも代えがたいものなのでしょう。

 

私たちが家畜状態・奴隷状態から抜け出す道は、遠い昔の生活に思いを寄せて、身の回りに木々が茂り、小川が流れ、いろいろな動物が暮らしている状況を想像しながら毎日を暮らすようにすることにあると、私は思います。

 

すぐに変わることはないとしても、常にどこかで、文明生活が押し付けてくる生き方の欺瞞性を常に意識することで、世界は次第に変わっていくことになるでしょう。

 

 

 

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