毎日出てゐる青い空

日々雑感をつづります。ホームページでは本の紹介などもしています。

ホームページ>るびりん書林別館
Twitter@goone3toshi
「Amazon.co.jpアソシエイト」

文明は人を経済活動のための家畜にして利用する

お付き合いいただきありがとうございます。

前回の続きです。

 

現在のトップ画像はアフリカのカラハリ砂漠に住んで狩猟採集生活を送っていたブッシュマンの姿です。

 

定住化を強いられる前のブッシュマンは、ピグミーと並ぶ代表的な狩猟採集者たちであり、多くの人類学者が研究のために彼らの村を訪れていました。そして、彼らのような生き方がまだ地上にあることに、人はこのような生き方もできるのだと安堵をおぼえてもいました。

 

文字も、貨幣も、大規模な集落もない彼らの生活は、動物的な生活といえます。生活の大半は、日々の食べ物を得ることと、生活に必要なものを作ったり、周囲の農耕民との物々交換によって手に入れたりすること、そして、動物の群れのように、家族や小集団で移動しながら子孫を残していくことに費やされます。カレンダーもなければ、税金もなく、会社も、学校もありません。ライオンがうろつき、ヒョウが樹上から狙って来るとしても、一方的に恐れるだけではなく、ライオンの獲物を横取りしたりもする暮らしです。野生のスイカが蓄える水に頼って乾季を乗り越えてきました。

 

私たちの暮らしからは、彼らの暮らしにあるさまざまなものが失われています。職場に親が通うことで奪われる家族の時間。同じ年齢の子どもたちを閉じ込めて教え込まれる価値観と、それによって奪われる遊びまわれる子ども時代。民主主義といいつつ実際には与えられていない裁量権。時計とカレンダーに縛られる日々。法律によってがんじがらめにされた行動。

 

かつてのブッシュマンの暮らしは、集団のサイズや、決まりごとも、動物たちの生き方に近い、本来的なあり方でした。労働時間は1日3時間ほどだったといいます。

 

 

なぜ、文明の進歩とともに人は苦労を背負いこんでしまったでしょうか。私が出した答えは、「文明は経済的な観点から人の資源としての価値を高めることを目指す存在だ」ということです。

 

 

文明社会は、きままな生き方を許さず、貨幣経済に組み込んで、さまざまな決めごとを押し付けていきます。人としてのあるべき生き方は、ブッシュマンやピグミーのような人の本来の生き方とはまるで違った生き方であると教え込んできます。よりよい収入を目指す生き方であったり、文明社会をさらに発展させることに努力する生き方であったり、文明生活を最大限楽しもうとする生活であったりします。生命の豊かな環境で、体を動かし、自然を感じながら、人の都合が通らない世界を受け入れるという生の本質にしたがって生き方ではありません。倫理観や理性や愛や神の意志などといった抽象概念に縛られて、これに従うことを目指す生活です。

 

元々、部族が共有していた土地は、文明社会では、国家のものとなり、企業の経済活動のための利用されていきました。土地から無償で得られていた食べ物は、労働の対価として手に入れるしかなくなりました。職を得る心配など不要だった日々は去り、職を得るために教育を受け、資格を得るために努力しなければなりません。医療も、住居も、生も死も、すべてがカネに結び付けられて、人は一生をカネを追って暮らすことになりました。

 

ここで、罪という概念を考えてみます。人は人を殺せば罪を犯したと見なされ罰せられます。しかし、動物の世界に本来罪はありません。猫が猫を殺しても罪にはなりません。一方、文明社会では土地を個人が所有することや、電気を使うことは罪になりません。しかし、理論上はいずれも人を殺す以上の罪に問うことが可能です。

 

土地は部族の皆のものであり、それを私有しようとする者は暗殺されたとしても当然であったりします。電力の利用は、環境破壊につながり、部族に必要な食べ物や家を建てるための葉や、燃料を枯渇させることになるとなれば、電力を利用する者は、厳しく罰せられることになります。

 

これはほんの一例ですが、文明社会の規則は、さまざまな理屈付けの中の一つだけを正しいと規定することによって、人の生き方をカネに結び付けています。たとえば、医療を免許制にすることと、誰でも自分の責任で医療行為を行って良いこととどちらが本来的なのかといえば、実は後者です。土地を私有することや、貨幣を使うことも、本来はいけないことかもしれません。放送免許や、学校制度もそうです。

 

生命の利己性に、言語の持つ技術を高める能力、抽象概念を作る能力、意図を具体的に伝える能力が結びついたことで、文明が生まれました。文明の支配者たちは、人の資源としての価値を高めるように、理屈を作り、技術を利用し、制度を作りあげてきました。そのため、時代が下るほどに人は多忙になり、要求される能力が高度化し、生き方を制限されるようになっています。

 

この状態をどうすれば脱することができるのかについては、改めて考えたいと思います。

 

本日もお読みいただきありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

話題のダイエット方法