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毎日出てゐる青い空

日々雑感をつづります。ホームページでは本の紹介などもしています。

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猫は人を「無駄に大きい猫」と思っていた!

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この記事によると、猫は飼い主のことを、どういうわけか大きくなりすぎてしまった同族の猫だと思っているそうだ。我が家の3匹の猫たちはどうかというと、同族とは思っていないふしはあるものの、同族との関わり方を拡張して人間たちと関わっているようだ。母猫のるびりんは、毎朝のように私の拳にほほを寄せてくるが、これは猫どうしの挨拶を変形したもののようだ。子猫たちはもう8カ月になったというのに、いっこうに人間との挨拶を覚えないものの、遊びを催促してトントン叩いてきたり、ドアを開けて欲しいと鳴いて知らせることはできるようになった。

 

こういう猫の行動を見ていて感じるのは、相手に甘えたり、頼ったりという行動や、世話をするという行動は、生物の進化(変化)の中で、乳を与えるという行動が発達してきたことに伴って発達してきたであろうということである。

 

生物の進化(変化)は実に不思議で、最初から最終形を目指して変化していったとしか思えないような変化が、長い時間の間に実現されてしまう。目という器官が生まれたことも、卵ではなく子を生むようになることも、乳を与えるようになることも、決して、それを目指したわけではなく、長い時間と多くの生死を経て実現されたのである。

 

親が子の世話をすることも、子が親の世話を受けることも、生物の進化(変化)の不思議が化学物質の分泌を調整して、そのような心にさせることによって実現されている。~したい。~すると気持ちがよいという感情も、進化(変化)の産物であったのだ。こうして、化学物質の働きによって感情が豊かになった哺乳類たちは、私たちと同じような心を持っていると感じさせてくれるのだ。

 

こうしてみると、私たちの心は、生物進化の偶然が生み出したものであり、あるべき姿に到達したものでも、絶対の真実でもないことがわかってくる。確かに哺乳類は繁栄しているが、爬虫類も鳥類も両生類も決して絶滅したわけではなく、心の発達した哺乳類だけが生き残っているわけではない。しかも、猫は私たちにとってはかわいらしくても、小動物たちにとっては恐ろしい捕食者であるように、心は矛盾に満ちた存在でもある。

 

私たちが心の正体を見誤って、心だけが本物であるとし、心だけを大切にしていったならば、私たちは矛盾を乗り越えることができず行き詰ってしまうだろう。もちろん、心をないがしろにすることは決してできない。しかし、心を見つめて正解を導こうとしたなら、とんでもない過ちを招くことになるだろう。動物たちの暮らしぶりや、人間本来の遊動する暮らしを送る狩猟採集者たちが、この矛盾する心への対処方法を教えてくれるはずなのである。

 

 

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