毎日出てゐる青い空

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『トゥルーマン・ショー』より

1998年のアメリカ映画。ジム・キャリー主演。


リゾート地のような快適な離島で保険会社のセールスマンとして生活するトゥルーマンバーバンクジム・キャリー)は、本人はまったく知らないが、生まれたときから人生の全てを24時間撮影されて世界220カ国に中継されている。町も会社も人々も、本人以外はすべて「出演者」「撮影用のセット」であり、出演者たちは日常会話の中に商品の宣言をさりげなく盛り込んでいる。しかし、やがて不審を持ち始めたトゥルーマンは、ついに海の果てに到達してセットから脱出する階段を登るのである。

この映画は、現代の私たちの状況を思わせる寓意が隠されているようである。受け取る情報に商品の宣伝がさりげなくすべり込ませてあり、『1984年』にあるように生活は監視されている。さらに深い考察を見つけたので、こちらをご覧いただくとよいだろう。http://www.ne.jp/asahi/hoth/press/...

さて、トゥルーマンは映画の中でセットから抜け出しても、まだ現実のセットの中に閉じ込められたままであるということになる。このように、セットから抜け出した世界もまたセットの中と変わらないという二重構造は、本当に私たちの暮らす社会に存在しているようなのである。

・世界は狂人によって支配されていると語ったジョン・レノン
・母文化が私たちに誤った価値観を植え付けていると指摘した『イシュマエル』
・私たちの生きる21世紀の文明社会とはまったく異なる価値観で動く、狩猟採集社会
・農耕が飢えに弱い社会を作ると言うことが見出されてから流れた長い時間

私たちは農耕、文字、鉄器、内燃機関、電力など多くの発明によって人類が幸せになり、精神的な進化を経験し、世界の真実に近づいていると教えられている。たとえば、モーティマー・アドラーによって選ばれた「グレート・ブックス」には次のような本が並んでいる。

統治二論 (ロック)
法の精神 (モンテスキュー)
社会契約論 エミール (ルソー)
国富論 (アダム・スミス)
純粋理性批判 (カント)
精神現象学 法の哲学 (ヘーゲル)
道徳および立法の諸原理序説 功利主義論 (ベンサム ミル)
種の起源 (ダーウィン)
不安の概念 死に至る病 (キルケゴール)
資本論 (マルクス)
ツァラトゥストラ (ニーチェ)
精神分析入門 (フロイト)
国家と革命 帝国主義論 (レーニン)
存在と時間 (ハイデガー)

これらの本は、ジョンレノンのいう狂人たちが、セットの中の人々に与えている偽の空であり、海である。人々(つまり私たち)は、これを本物の空であり、海であると信じて、その枠組みの中で生きている。少しでも良い地位を得ようとする人もいれば、社会の役に立とうとする人もいる。その活動によって、狂人たちの懐は潤う。

私たちに撮影用セットを本物であると思い込ませている人びとは、別の価値観で生きているという。私たちに与えられている法に彼らが縛られることはない。民主主義もジャーナリズムも信じない。学歴も不要なら、賃金労働など考える必要もない。

ところが、この狂人たちもまた、実は偽物の空や海を見ているのである。

イシュマエルはいう。私たちは飛び方を知らないのに飛べると思い込んで崖から足を踏み出した人のようであると。農耕によって「取る人」となった私たちは、世界の法則に従って速やかに絶滅する種へと変わってしまったのである。つまり、この世を支配しているはずの狂人たちも、実は偽の空と海をみているにすぎず、絶滅への道を歩んでいる点では何の変わるところもないのだ。


私にこのことを教えてくれたのは狩猟採集者たちだった。狩猟採集者たちの自立した精神、充実感、賢さ、生命観。狩猟採集者の価値観は普遍性が高く、人類の健全性も、世界の健全性も保つものだった。

人を理想化せず、人の都合に合わせて世界を変えようとせず、現実に即して生きていく。狩猟採集者たちは、ユートピアを夢見ることも、人類の進歩を目指すこともないが、人類の大きな可能性を実現しながら生きている。これが脱文明であり、本物の空と海を取り戻す道なのである。

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